比較して落ち込むことは、おかしなこと

比較する時には、同じ材質、同じ素材など条件をそろえてから比較を行わないと本当の意味で比較したとは言えません。

例えば、みかんとりんごを比較してどちらが良いか?と比較しているようなもの。

140625compare-thumb-640x365-76606

 

どちらが好きか、どちらが美味しいか。好みは、人それぞれなので、結論はでませんね。

 

比較する相手と自分は、ぜんぜん違う人間。

もともと持ってるもの、これから行きたい先、生まれて育った環境、経験してきたヒストリーなど 全く条件が一致しない人と比較して落ち込むことに何の意味があるでしょう。

論理的に比較できてないのに、 比較して落ち込んでいるわけですから、落ち込む必要がないことで思い悩んでいるわけです。

 

憧れの人、目指したい目標があって、自分が頑張るエネルギーになるなら比較してもOKだと思います。

でも、落ち込むなら比較しないほうがいいですね。

 

世界に一つだけの花

 

バラのような人もいれば、チューリップ、ひまわり、れんげ・・・そして、かすみ草のような人もいます。

どの花が良いとか悪いとかはありません。花束にはかすみ草も必要です。

それぞれ、どのように輝くか、どんなお役があるのかは違います。その通りに生きれば、幸せ。

バラは、バラらしく咲く。かすみ草は、かすみ草らしく咲く。

かすみ草がバラになりたいと思って比較して悩む必要はありません。

 

 

あこがれの人は右手で、あなたは左足。

左足が右手になりたい!?

手には手の役目。足には足の役目があります。そして、合わせて一つの人間として成り立つのです。

全ての人が、地球には必要なんです。私たち一人一人がいて地球が成り立つんですよね!

全員が自分色に輝いたら、どんなに素敵な地球という花束ができるでしょうか!


コメント